伊勢崎銘仙アーカイブス

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 懐かしの 旧伊勢崎駅   作成中


                           幻の「道の駅いせさき」


       伊勢崎のもったいない話 シリーズ

 
  昭和21年9月 伊勢崎市は戦災都市に指定された
 太平洋戦争時に空爆等よる被害の甚大な115の都市が全国で指定
 戦災復興都市計画事業には国が8割負担し残りを県と市で負担する好条件 
 の事業であったが、
  指定された115都市の内で伊勢崎市を含む3都市が事業を受けなかった
 伊勢崎では戦災者の反対等を理由にあげている
 指定による事業を行えば、中心市街地の景色も大分違っていたであろう
  40から50年遅れたようだ









 令和7年(2025)8月5日
 伊勢崎市で日本国内歴代最高気温の
 41.8度を観測


 写真は:伊勢崎駅ロータリー内の
     時計塔と気温計














 伊勢崎駅は伊勢崎のランドマークとして
 テレビのライブカメラが設置されている
 南側ビル屋上のカメラとパラボラアンテナ
 を発見



























  日本鉄道会社により高崎線は明治16年10月本庄まで開通、明治17年5月に高崎まで
 開通、更に同年8月には前橋(利根川西・石倉町)まで開通し、旅客・貨物ともに順調な
 出発をした。
  日本鉄道会社は東北線を明治18年7月に高崎線の大宮を起点に宇都宮まで開通、利根川
 橋梁(きょうりょう)の完成は翌年の明治19年6月になる。
 

 経済学者 田口卯吉の日本版マンチェスター構想

  明治17年高崎線が開通、明治18年東北線が開通すると
 小山と前橋間に鉄道建設の要望が起こり、後に両毛鉄道会社初代社長になる経済学者である
 田口卯吉はイギリスのリバプール・マンチェスター鉄道をモデルにした構想を繊維産業が盛
 んな両毛地方に抱いた。
    *田口卯吉は日本のアダム・スミスといわれた民間の経済学者
  明治19年 渡辺洪基(東京大学初代総長、工学院大学創立者)は田口卯吉の依頼を受けて
 学生に線路の測量を実施した。
  明治22年に両毛鉄道会社が東北線小山駅と前橋駅間の営業を開始し、11月20日に
 伊勢崎駅は開業した。
  伊勢崎駅の場所であるが、前橋駅と桐生駅を直線で結ぶとほぼ国道50号線となる
 両毛線に乗車していると分からないが伊勢崎駅は南に位置している 当初は華蔵寺公園付近
 に両毛線が通る案であったが伊勢崎町長の武孫平や織物業界は伊勢崎駅の敷地を募金で金を
 集め寄付することで現在地に決定した。
 (栃木県の栃木市は県庁所在地であったが、東北線が栃木市を通過する計画に反対し小山市
  を通過することになった その後の都市の格差はいうまでもない)

  伊勢崎駅の開業により伊勢崎駅から高崎駅経由で上野駅まで4時間30分で直結、
 明治43年(1910)伊勢崎駅では1日に上下16本で内 貨物専用車4本、混合編成車
 8本が伊勢崎織物の運送に使われ、秋葉原駅には常時伊勢崎織物専用車両が置かれた。
  大量に生産された伊勢崎銘仙は両毛線で最大消費地の東京へ、更に東海道線で関西方面へ
 運ばれた。


 幻の伊勢崎鉄道
  明治28年(1895)群馬県伊勢崎町の有志者下城弥一郎森村熊蔵、下山求平、
 徳江八郎野村藤太羽尾勘七森村堯太 及び中村元雄、長尾三十郎諸氏発起となり、
 現時の両毛線而己にては交通運輸上の不便少なからず彼前橋若くは小山に迂回せずして直接
 に東京に交通する路線を布設せんと曩(さきに)軽便鉄道を出願せしも今回普通鉄道に改め
 関係路線との交渉を終へ許可願を其筋に提起したり、同線は両毛線伊勢崎駅を起点とし、
 茂呂、剛志、境町、世良田、尾島を経て新田郡高林附近に至り毛武線に接続し東京に入る
 ものにして延長十一哩資本金二十萬円株数四千株なり。
                       (明治29年鉄道雑誌第九号より)

   *中村元雄  群馬県知事
    長尾三十郎 東京の実業家


 年  できごと
 明治22年
1889
 11月20日 私鉄 両毛鉄道(現 両毛線)小山ー前橋間開通により
   伊勢崎駅 開設
 明治28年
1895
 10月30日 下城弥一郎らが発起により伊勢崎鉄道起業目論見書
   が作られる(市史付録)
 明治29年
1896
 10月26日 両毛鉄道会社 両毛鉄道を250万円で日本鉄道会社
      に売却 
 明治30年
1897
 5月14日 出願中の伊勢崎鉄道(伊勢崎ー高林)却下される
      (市史付録)
 明治43年
1910
3月27日 東武鉄道 太田ー伊勢崎間開通 新伊勢崎駅開設
      東武伊勢崎線全線開通 
7月13日 東武伊勢崎 新伊勢崎ー伊勢崎間が開通
      両毛線と連結
10月9日 伊香保軌道(後に東武鉄道傘下)前橋ー渋川間
      路面電車・チンチン電車の愛称
 大正5年
1916
 石川町長「いせざき駅」を「いせさき駅」に呼称変更を要請する
11月30日 鉄道院公報で伊勢崎駅の呼称は「いせさき」が正当
     の公示が出される
 大正15年
1926
 1月15日 上毛電鉄の発起人会(朝日新聞)
2月4日 群馬埼玉両県連さの百万円の大鉄橋計画上毛電鉄から
     五十万円支出し両県で二十五万円づつ分担す(朝日新聞)
 昭和2年
1927
 10月1日 東武鉄道伊勢崎線 全線電化
 昭和3年
1928
 12月11日 東武延長反対 佐波の三千名(朝日新聞)
12月15日 上電二期計画中(朝日新聞)
 昭和4年
1929
 1月30日 東京と伊香保間東武鉄道が延長 伊勢崎から前橋を
      回って実現せば省線は打撃(朝日新聞)
11月14日 上鉄敷設反対 佐波宮郷村で(朝日新聞)
 昭和5年
1930
 8月17日 東武鉄道 超特急運転時間短縮(朝日新聞)
8月31日 大胡本庄間 上毛電鉄の延長工事沿線民の気乗薄で
      中止(朝日新聞)
 昭和6年
1931
 6月15日 利根川の坂東大橋が完成
 昭和8年
1933
 10月20日 今度は解決か 上毛電鉄十五万円納入を承諾
       坂東大橋架設問題(朝日新聞)
 昭和9年
1934
 7月22日 伊勢崎駅 改築完成
 昭和43年
1968
 10月1日 両毛線 全線電化
 平成元年
1989
 明治22年(1889)11月20日に伊勢崎駅が開業
伊勢崎駅開業100周年
「街とともに歩み明日へー伊勢崎駅100年史」発行
 平成7年
1995
 坂東大橋架け換え決定
 平成16年
2004
 3月6日 坂東大橋架け替え 昭和6年(1931)6月15日より
   73年経過
 平成18年
2006
 5月27日 映画「嫌われ松子の一生」公開
 平成22年
2010
 5月30日 新駅舎(JR両毛線)供用
 平成25年
2013
 10月19日 新駅舎(東武鉄道)供用


 プロローグ

  テレビやラジオを聞いていると「東武伊勢崎線」と伊勢崎の地名が入った言葉をよく聞く
 東京スカイツリーが完成してからは一段と「東武伊勢崎線」が使われる
  伊勢崎と言えば昔は「伊勢崎銘仙」だったが現在は「東武伊勢崎線」をよく耳にする




 伊勢崎駅は明治22年
(1889)に開設、
昭和9年に左写真に建替え、平成元年(1989)に
100年を迎えた

 レトロな駅舎は映画「嫌わ
れ松子の一生」
にも登場した
が高架化に伴い 平成22年
現在の駅舎に建替えられた



     平成元年(1989)に作成したQSLカード

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「街とともに歩み明日へ伊勢崎駅100年史」
昭和63年(1988)3月からJR伊勢崎駅長
を務めた故 竹沢章氏が制作費の一部を同級生
の大平順弥氏(当時東和銀行役員)に頼んで一時銀行から融資を受け発行した

 コンテンツの中心は「駅と街の一世紀の歩み」
で青木宏氏(当時 早稲田大学本庄高等学院教諭)
が執筆された







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  今年で映画「嫌われ松子の一生」公開 20年を迎える



  原作は推理作家 山田宗樹(やまだ むねき)の
  書名「嫌われ松子の一生」である
  120万部の超大ヒットしベストセラー
  社会現象レベルとなる


   A woman who kept searching for love.
     和訳 愛をもとめつづけた女性

  発売日 平成15年(2003)2月 幻冬舎








  映画「嫌われ松子の一生」の監督・脚本は
  中島哲也である
  監督は「嫌われ松子の一生」の書名が
  気に入ったから映画化したと言っていた


  メイキング・オブ
   Music from "memories of matsuko"
     ー嫌われ松子の音楽ー

  発売日 DVD 平成18年(2006)4月18日






    Memories of Matsuko

  平成18年(2006)5月27日に
  映画「嫌われ松子の一生」が公開される
  ロケに伊勢崎駅が使用されたと聞き、
  早速伊勢崎市宮子町のMOVIX伊勢崎に出かけた
  伊勢崎駅でのシーンは1分足らずの50秒でした
  映画のエンディングクレジット(ロール)で
 、協力名の中に伊勢崎市があった


  発売日 DVD 平成18年(2006)11月17日




   東京 荒川の河川敷で53歳の川尻松子(かわじり まつこ)の他殺死体が発見される
  松子とは面識は無く存在も知らない東京で学生生活をおくる松子の甥になる川尻笙
  (かわじり しょう)19歳が父から松子の遺品処分を依頼される。
   ここから、笙が伯母 松子の一生を解き明かす ファミリーヒストリーが始まる。

   原作と映画では、多少登場人物や内容が少し違っている。TBS TVでもドラマ化して
  いるが見ていない。
   映画は歌あり、踊りありのミュージカル仕立てである。

   当然のことながら、この作品はフィクションであり・・・実在のものとは、一切
  関係ない としている。

   「嫌われ松子」の所以は、
   42歳になり、更年期障害・精神疾患(幻聴・幻覚)等で部屋はゴミ屋敷なり、風呂
   にもあまり入らないので周りから「嫌われ松子」と言われた。

   「地域・施設」
   松子は育った故郷は福岡県大川市大野島
   福岡県の南西で、筑後川が流れ有明海にそそいでいる
   市の西は佐賀県佐賀市に接し、最寄り駅は佐賀駅





昭和51年(1976)まで使用した
旧佐賀駅駅舎
原作は佐賀駅とあり
映画には旧伊勢崎駅舎を旧佐賀駅舎を
イメージしたのでは?




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 明治17年(1884)高崎線が開通し水上(利根川水系)ルートは徐々に衰退した

 

 東武伊勢崎線の開通

  高崎線、東北線、両毛線に囲まれた鉄道の不便な三角ゾーンを解消するために計画された
 明治43年(1910)に浅草駅と伊勢崎駅の全線が開通し 伊勢崎駅から浅草駅まで
 3時間30分と両毛線より1時間の短縮がはかれた 東京以西への運送となると現在のとうき
 ょうスカイツリー駅から舟運に積み替え北十間川から隅田川、中川を通って全国に運ばれた
  しかし、東海道線へのアクセスの便からして東武伊勢崎線の利用は少なかった
 (東武鉄道の本社はとうきょうスカイツリー駅にあり 頭脳は伊勢崎から一番遠い所にある)
 

 伊勢崎駅に関係する色々な構想や要望続出

  1、ミニ新幹線構想 上越新幹線の一部を高崎駅で切り離し両毛線で小山駅まで行く
     山形新幹線と同じ方式である
  2、両毛線シャトル化計画
  3、東武電車の両毛線乗り入れ計画
     伊勢崎駅から両毛線に乗り入れ前橋駅まで延長する計画である
  4、東武伊勢崎線に伊勢崎駅発着の特急りょうもう号の増発
    
    これらの構想に対してJRや東武鉄道の回答は空気を運ぶ(乗客の無い)車両は
    無いとする

    伊勢崎市は車両の保有台数と女性ドライバーの割合が全国でも指折りである




平成28年1月28日 伊勢崎市景観まちづくり賞表彰式
            景観まちづくり講演会


  伊勢崎市景観まちづくり賞表彰式・景観まちづくり講演会が境総合文化センターで開催
 された
  表彰式では建築デザイン部門で3ヶ所、屋外広告物デザイン部門で2ヶ所が受賞した
 建築デザイン部門で受賞した中に「銘仙」の名前が出てきたので紹介します

             建築名:東武鉄道 新伊勢崎駅
             所在地:伊勢崎市中央町
             建築主:東武鉄道(株)





講評
 「銘仙のまち伊勢崎」をモチーフに
絹糸のデザインをファサード取り込み
それがシンボルとして駅頭の景観を飾っ
ていると評価している





  東武鉄道 新伊勢崎駅を西側から撮影
















  東武鉄道 新伊勢崎駅を東側から撮影




発見箇所 JR伊勢崎駅に大きな伊勢崎銘仙の看板(ポスター)が掲示

  JR伊勢崎駅の改札口近くの柱に伊勢崎銘仙の大きな看板(ポスター)が掲げられている
 改札口を出る(降りる)際に柱を見上げるとある
























  柱の後ろは改札口(降り口)である 天井の蛍光灯の反射で上部が光っている
 伊勢崎駅周辺連続立体工事により、平成22年(2010)新駅舎の供用に伴い
 新しい看板(ポスター)が掲示された




 写真は、JR伊勢崎駅の建て替え前の旧駅舎
伊勢崎織物組合の看板は、新駅舎と同じ改札
出口の上部に掲げてあった

  -- 看板の字は --

   絣のふるさと
   伊勢崎織物



 昭和50年に伊勢崎絣が国の伝統的工芸品の指定を受けてのキャッチコピーである


 出典・参考・蔵書

   「街とともに歩み明日へ」伊勢崎駅100年史
      編集 実行委員会 上毛新聞社
      発行 平成元年(1989)11月 価格3,000円(税込)

   「両毛を結んで」前橋駅100年の歩み
      編集 委員会 上毛新聞社
      発行 平成元年(1989)11月 価格3,000円(税込)

   「群馬の鉄道」1884~2006 私鉄・廃線含む群馬鉄道全史
      発行 平成18年(2006)11月 あかぎ出版 定価2,800円+税


    上毛電気鉄道の設立と創業期の鉄道計画に関する研究  大島登志彦・石関正典


    上毛電気鉄道の創立経緯と開業後の運行事情の変遷   石関正典